アンコール・ワットは、カンボジアにあるクメール文化の代表的な寺院です。12世紀に建設されたこの巨大な寺院は、壮大な建築と精巧なレリーフで知られており、その芸術性や技術的な進歩は称賛に値します。また、アンコール・ワットはカンボジア国旗にも描かれる国のシンボルでもあります。本記事では、アンコール・ワットの魅力や見どころについて徹底的に解説します。
アンコール・ワットの歴史
アンコール・ワットは、12世紀初頭に建設されたヒンドゥー教寺院で、アンコール朝のスールヤヴァルマン2世によって築かれました。約30年の歳月をかけて完成したこの壮大な寺院は、ヴィシュヌ神に捧げられ、王と神が一体化する地上の神殿でもありました。寺院は約200ha(東京ドーム約40個分)の広大な敷地に建ち、中央祠堂は高さ約65mあります。アンコール・ワットの美しさは、細部にまで施されたレリーフ装飾に表れており、見どころのひとつとなっています。
アンコール朝の衰退後、アンコール・ワットは荒廃しましたが、16世紀には仏教寺院に改修され、聖地として存続しています。17世紀には日本からも参拝者が訪れ、アジア中にその名を轟かせました。1860年代にはフランス人アンリ・ムオーが寺院を訪れ、その紀行文が世界的に知られるようになりました。内戦時には損壊が懸念されましたが、多くの国々からの支援を受け、今日まで多くの人々に愛される世界遺産として守られ続けています。
環濠
アンコール・ワットの特徴の一つは、周囲の寺院と異なり正面が西側に向いていることです。参拝者は西側正面から寺院に足を踏み入れます。
寺院は約190mの幅広い環濠に囲まれており、西参道が環濠を一直線に貫いています。参道入り口にはシンハ像が鎮座し、欄干には蛇神ナーガ像が鎌首をもたげて聖域を守護しています。かつては、環濠にはワニが放たれていたとされ、その勇ましい姿が参拝者を驚かせたことでしょう。
蛇の化身ナーガ
ナーガとは、古代インドの神話に登場する、蛇の精霊または蛇神のことです。仏教では、釈迦が悟りを開いた際にナーガ王から守護を受けたという伝承があり、竜王として信仰されています。カンボジアやタイでは、お寺の壁や階段に彫刻されたナーガ像が見られ、信仰の対象として広く親しまれています。
ナーガは天上界と地上界をつなぐ存在として見なされ、ヘビの脱皮は、再生と不死の象徴として捉えられ、天と地をつなぐ橋を形成する役割を持っています。カンボジアの遺跡や寺院には、アンコールワットを含め、ナーガの彫刻が多数見られます。古代人たちは、神聖な寺院を「天上界」として捉え、それ以外の領域を「外界」とみなしていました。
西塔門
アンコール・ワットの西側にある環濠を渡りきると、目の前には高さの異なる3つの尖塔が並び立つ壮大な西塔門が現れます。その中央にある「王の門」は、かつては王室専用の門でしたが、現在は誰でも通行できます。
アンコール・ワットは設計において、視覚的なトリックを駆使して参拝者を感動させるように設計されています。中央祠堂は見る場所によって異なる見え方となるため、その美しさに参拝者は感嘆することでしょう。
塔門の左右には「象の門」として知られる入り口があり、豪華な象や牛車の行列が通り過ぎたと伝えられています。また、南側の塔門内には高さ4mほどのヴィシュヌ神像が安置され、現在も多くの仏教徒に崇敬されています。
そして、塔門をくぐったらその外壁に目を向けましょう。アンコール・ワット全体で2000体以上の女神像「デヴァター」が刻まれていますが、西塔門のデヴァター像は、保存状態が非常に良く、見応えがあります。
参道
アンコール・ワットの西塔門から本殿まで続く参道は、全長約350mにも及びます。この参道には、ナーガ(竜)をかたどった欄干が設けられており、地上界と天上界を結ぶ架け橋の象徴としても知られています。
途中には、左右に一対の経蔵が建っています。そして、その先には16世紀に掘られたとされる聖池が同じくペアで配置されています。右側の聖池は水がほとんど枯れてしまっていますが、左側の聖池は乾季でも水が湛えられ、大きな寺院を水面に映し出す美しい光景が広がります。このため、写真を撮るスポットとしても人気が高いです。
第一回廊の美しいレリーフ
アンコール・ワットは中央祠堂を中心に、3層の回廊が巡らされた構造を持っています。その最も外側が第1回廊で、東西215m、南北187mの長方形の回廊は、全長800m近くあります。回廊の壁面には豊富なレリーフが刻まれており、アンコール・ワット最大の見どころとなっています。
第1回廊には、時計回りでレリーフを見ることが一般的です。十字型のテラスから大塔門の内部に入り、右側に進みます。レリーフは、回廊の一辺を中央で分割し、各面におよそ50mもの壁面に浅浮き彫りで描かれた8つの大きな絵巻物として表現されています。
マハーバーラタ
『マハーバーラタ』は古代インドの叙事詩で、ヒンドゥー教の聖典の一つです。この叙事詩には、いとこ同士の2つの王家が戦う場面があります。向かって左からはカウラヴァ軍が進み、右からはパーンダヴァ軍が進軍します。そして両軍が激突する中央部分では、入り乱れた激しい戦闘が描かれています。カウラヴァ軍とパーンダヴァ軍の18日間かけて戦い、バーンダヴァ軍の勝利で終わる結末をレリーフとして彫刻されています。
偉大なる王の歴史回廊
アンコール・ワットを建立したスールヤヴァルマン2世の功績が描かれた彫刻です。彼はシャム軍などを撃破し、領土を拡大すると同時に農業の振興にも力を入れ、国力の強化に大きく貢献しました。また、彼はヒンドゥー教を信仰しており、アンコールワットだけでなく、バンテアイサムレやタイのピマーイなど、多数のヒンドゥー教寺院を建設したことでも知られています。
天国と地獄
死後の世界を描いた「壁画」というテーマです。壁画は3段に分かれ、上段には天国への旅路を進む王族たちが描かれています。中段では、審判を待つ人々の様子が描かれており、下段には地獄の惨状が描かれています。壁画の見所は、水牛に乗った閻魔大王の裁判の様子や、地獄の刑罰などです。
乳海攪拌
ヒンズー教の中でも最も重要な天地創造のお話で、アンコールワット第一回廊の中で1番有名なレリーフとされています。 神々と悪魔が大蛇ヴァースキの胴体を巻き付け、海を攪拌して世界を創造する様子が描かれています。中央には指揮を執るブラフマー神、右手にはシヴァ神、左手にはヴィシュヌ神が描かれており、複数の神が絡み合って描かれた複雑な構図は見る者を魅了します。
神々と悪魔が不老不死の霊薬アムリタを巡る戦いを辞め、ヴィシュヌ神に助けを求めたところ、お互い共同するように言われました。
「争いをやめ、互いに協力して大海をかき回すがよい。さすればアムリタが得られるであろう」
このレリーフは、アンコール・ワットの中でも最も見応えのあるものの一つであり、クメール王朝の芸術的な巧みさを象徴しています。
ラーマーヤナ
『ラーマーヤナ』の中でも最も有名なエピソード、ラーマ王子と魔王ラーヴァナの壮絶な戦いがアンコールワットに描かれています。ラーマ王子の矢を射る姿や、20本の腕と10の頭をもつ魔王ラーヴァナの威風堂々たる姿、そしてハヌマーン率いる猿軍団の活躍は必見です。
十字回廊
西側中央からアンコール・ワットの内部へと進むと、十字形の回廊に入ります。この回廊には4つの浴槽があり、以前は参拝者がここで身を清めていたと言われています。ここにはかつて、上座部仏教の寺院として機能していたアンコール・ワットに千体の仏像が安置されていましたが、内戦や略奪などを経て、現在はその一部が南側の壁に残っています。
江戸時代に日本人が残した落書き
十字回廊の中央にある柱には、1632年に来訪した日本人の森本右近太夫が残した墨書があります。彼は、この場所がインドの祇園精舎だと思い込んで、父を弔うために墨書を残したとされています。
エコーの間
十字回廊の北側には、高い天井があり、その中に「エコーの間」があります。 この部屋では、胸を軽く叩くと音が反響して、大きく響きます。以前、この反響音を使って、王への忠誠心を表現したという説があります。
第二回廊の200体を超えるデヴァター
第二回廊は、十字回廊を抜けて急な階段を上がった先にある回廊です。回廊内には仏像が点在しており、静かな雰囲気が漂います。また、回廊の内側には、多くのデヴァター像が外壁に並べられています。
第二回廊は、第一回廊と異なり、レリーフは見当たりませんが、美しいデバターが200体以上も並んでいます。 デバターたちは、服装、装飾品、表情、ポーズが異なり、全てが独自の個性を持っています。 その中には、アプサラダンスの躍動感があるデバターや、礼儀正しそうな控えめなデバターなどがあります。それぞれのデバターには、当時の優美でエレガントな空気が感じられます。当時の宮廷に仕えていた女性たちをモデルにしており、彼女たちの華やかな雰囲気が再現されています。
第三回廊は神々の領域
第三回廊は「神々の領域」と呼ばれ、第二回廊から高さ約13mの急な階段を上って到達します。昔は元々あった石段を登っていましたが、現在は安全のために手すり付きの木製階段が設置されています。この場所では、帽子の着用や肌を露出した服装は避けるようにしましょう。また、人数制限があるため、混雑時には列に並ぶことになるかもしれません。
第三回廊は、中央祠堂を取り囲む正方形の回廊で、一辺の長さは約60mです。この回廊は、かつて王の沐浴池が設置されており、30m以上の高さまで水を貯めることができる灌漑技術の見本としても機能していました。
回廊には、保存状態の良いデヴァター像が柱に残っているほか、テラスからは周囲の景色を見渡すことができます。
中央祠堂は神様と交信する場所
中央祠堂は高さ約65mあり、第三回廊からでも約35mの高さがあります。尖塔の上部には精巧なレリーフ装飾が施されており、見事な姿を見せています。かつては、堂内の祭壇に大きなヴィシュヌ神像が安置されていたとされていますが、改修後に行方不明となっています。現在は中心部分が石の扉で塞がれ、四方には仏像が置かれています。
中央祠堂を頂点とする5つの祠堂は、ヒンドゥー教の教えにある世界の中心にそびえるの須弥山(しゅみせん)を模しており、回廊は周壁となっています。環濠は水をたたえた無限の大海を表しており、寺院全体で当時の宇宙観や宗教観を表現しています。王はここで神と交信し、民衆を導く現人神として崇められていました。
アンコール・ワットに行こう
アンコールワットは、クメール文化の精華とも言われ、その壮大な姿と美しさは世界中から多くの人々を魅了しています。古代のクメール王朝の繁栄を物語るこの建築物は、歴史と文化の宝庫であり、世界遺産にも登録されています。その迫力ある姿と神秘的な雰囲気は、現代に至るまで人々の心を鷲掴みにしています。ぜひ、自分の目で見て、アンコールワットの美しさと歴史を体感してみてください。